人が天狗になるとき


人が天狗になるとき

【コーチングで世界を創造する】杉本ワークスの杉本浩章です。


人が天狗になってしまうとき、一方で、天狗にならずに謙虚で愚直に努力をし続けられる人、この違いはどうして生じるのでしょうか。

コーチングの視点で、天狗になってしまうときの状況を見ると、極めて明快です。



人が天狗になるときというのは、なにかを達成したとき、もしくは、ほぼほぼ達成している状況に近づいたときです。


人は潜在的に、結構多くの目標を持っているものです。

出世したいとか、活躍したいとか、○○ができるようになりたいとか、お金持ちになりたいとか。

これらは、正統なコーチングのゴール設定と言えるものではないですが、認知科学的には、どのようなゴールであっても、明快であろうがなかろうが、脳にとっては何でもゴールです。

たとえ、コーチング理論に則った正しいゴール設定でなくても、目標やゴールがあることは大変素晴らしいことですし、ないよりは千倍マシです。


そうして何かしらの目標やゴールがあって、それらが達成に近づくと、人は概ね、その安心感から無意識がゆるみはじめます。

この場合の「ゆるみ」とは、悪い意味でのゆるみです。

安心感とは、一般的には肯定的なものに捉えられがちですが、コーチングではそうとも言えません。

適度な安心感はもちろん大切ですが、それが度が過ぎると、気がゆるみ過ぎ、安心しきり、成長の機会を失います。

謙虚さだとか、向上心だとか、学び続ける意欲やエネルギーをなくしてしまいます。

それがいわゆる「天狗」の正体です。


コーチング理論で説明すれば、ゴールと現状とのギャップを失い、(創造的)無意識の放つ成長のエネルギーを失い、人は現状維持に徹します。



何かの拍子に、仕事が急に成長したり、大成功を収めたり、年収が跳ね上がったりすると、急に偉ぶったり、横柄な態度を取ったりする人を、皆さんも見かけたことがあると思います。

これは、「おごりが過ぎる」と言われる状態ですが、ゴールを達成してゴールを失い、安心感と気のゆるみが蔓延し、そして抽象度が低く利己的な、高い自己評価だけが残った形です。


「エフィカシー」と「おごり」の違いを明確にしておきましょう。

エフィカシーとおごりは、自己評価が高いという意味では共通しています。

しかし、両者はまったく異なるものです。

エフィカシーとは、「ゴールを達成する自己能力の自己評価」のことですから、定義上、ゴールがあって、はじめて生じてくるものです。

そして、コーチングにおけるゴール設定は、バランスホイールに則って、各方面各分野にまんべんなく設定するものですから、必然的にエフィカシーは、社会貢献的な要素、利他的な要素を包摂していきます。

正しくゴール設定ができていれば、ゴールは抽象度の高いものになりますから、エフィカシーも抽象度の高いものになります。



天狗にならず、謙虚に学び続ける姿勢をもつ方法はシンプルです。

コーチングにおける正しいゴール設定をすることです。

正しいゴール設定とは、コーチングのゴール設定のルールに則っていることです。


1.現状の外側であること

2.人生で成し遂げたい、心から望むことであること

3.人生の各方面・各分野にまんべんなくゴールを設定すること


これらのルールをきちんと守ると、ゴールは抽象度の高いものに自然になっていきますし、エフィカシーも抽象度が高く、利他的な要素を含んだ崇高なものになっていきます。

そういったエフィカシーの高さは、おごりとは全く異なるもののはずです。

コーチングがきちんとできていれば、「天狗」になるはずもありません。


今日も最後までブログを読んで頂き、ありがとうございます。

2018年02月21日