臨場感と知識


臨場感と知識

【コーチングで世界を創造する】杉本ワークスの杉本浩章です。


コーチングの実践者が、なるべく早くゴール達成をしたいと考えるのは人間のサガというものでしょう。

心から望むゴールを見つけることは簡単なことではありません。


ゴールを「見つける」という表現は適切ではないかもしれません。

ゴールと言うのは、一度きりしかない人生において、なんとしてでも成し遂げたい世界です。

稀に、子供のときからどうしても〇〇になりたい、○○をやりたいと言ってそれを現実にしていく人がいますが、本当に稀だと思います。

多くの人は、自分が本当にやりたいことを見つけられずに、多くの時間や人生を過ごしてしまいがちです。比較的小さな目標やテーマみたいなものを持っている人は多いでしょうが、壮大な人生のゴールとなると、難しいでしょう。

ですから、「ゴールを見つける」という表現は、少々語弊があるというか、軽い気がします。


ゴールは、「見つける」ものではなく、「壮大な人生の冒険」と言った方が、私にはしっくりきています。

そんな、そう簡単ではないゴール設定をやっとできれば、それははっきりと自覚できます。

真のゴール設定とは、そういった体感が必ずあります。

「これ、本当に自分がやりたいことなのだろうか~」などと自問自答しているとしたら、それは間違いなく、真のゴールではありません。

真のゴールが見つかれば、それはそれは非常に価値あることです。人生の最大の難問のひとつが解けたも同然です。

ゴールを、早く早く達成したいと思うのは当然のことでしょう。



ゴールを達成していくうえで、最も重要な、基本となる要素は、「臨場感」です。

ゴールを達成している自分や、その自分から見えている世界を明快にしていく必要があります。

臨場感を高めるとは、そういうことです。

臨場感を高めることさえできれば、ゴールは脳が自然に達成してくれますし、それが人間の認知のカラクリであり、指向性です。


そして、その臨場感を高めるのに、「知識」は、きわめて重要な要素です。



認知科学者の苫米地英人博士は、書籍等で「戦争と差別をなくす」ことが自身のゴールとよく言っています。

そういったゴール設定に憧れを抱き、自分も「戦争と差別をなくす」、或いはそれに非常に近いゴールを設定する人が多いように感じます。


ゴールと言うのは、他人には言わないが基本のルールですが、運よく他人のゴールを知ることができたとして、それは思いもよらぬ衝撃を受けたり、自身のゴール設定の参考になる、スコトーマが外れるのはよくあることです。

単に、他人のゴールを真似ることはあまりいいことではないでしょう。自身の人生の壮大なゴール設定がそれで本当にできるのか、それが本当に心から望んでいることなのか、微妙でしょう。

しかし、他人のゴール設定は、大いに参考になると思います。


いい悪いは別として、博士のゴールをそのまま自分に取り入れて、達成を心から望んでいたとしても、大方、失敗します。

失敗というのはこの場合、達成がきわめて困難ということです。

なぜでしょうか。


それがこのブログのテーマである、「臨場感と知識」です。



博士が、「戦争と差別をなくす」と言った場合、博士の目から見えている世界はあまりに壮大かつ繊細です。

それは博士の圧倒的な経験と知識量です。


たとえば、博士が経済を語るときは、何気ない一言であったとしても、その裏側には、アダムスミスがいて、カールマルクスがいて、ケインズがいてとはじまり、古典経済学から現代経済学への歴史や発展がバックグラウンドとして博士の頭の中にプログラムとして流れ、走っています。

それは、博士の圧倒的な知識や学習の蓄積がものをいいます。

そうしたバックグラウンドがあったうえでの言葉の理解と、経済学をかじった程度、もしくは知らない人とでは、言葉の理解や解釈に天と地ほどの差が出てしまうのは当然のことでしょう。


「戦争と差別をなくす」という言葉の理解ひとつ取っても、博士の見えている世界と、一般の人が見えている世界とでは雲泥の差があります。

知らないものは見えないし、だからこそ、知識がないものは見えません。

見えないものは、臨場感が湧きようがないのです。

臨場感を湧かせるためには、知識が大前提です。


だから、多くの人が博士のゴールを真似たとしても、知識量に違いがあり過ぎるので、一般の人にとって戦争と差別をなくす世界が見えることは難しく、そうして臨場感が高まりきらず、ゴール達成が困難になってしまいます。

戦争の残酷さ、残忍さ、宗教的背景、テロの実態、国家間の社会性・文化性・倫理性、歴史、軍隊、それが見えているのと見えていないのとでは違うのです。


ゴール達成に、日々の知識の蓄積が必要なのは当たり前すぎるのです。

ただ、一方で、ゴールが真のwant-toであれば、必ず知識は増えてきます。興味あるものは、人間は自然に調べはじめます。

他人のゴールを単に真似た場合は、自身にとって真のwant-toの可能性は低く、臨場感は高まりきらないでしょう。

2018年03月04日