時間がない、は言い訳?!


時間がない、は言い訳?!

【コーチングで世界を創造する】杉本ワークスの杉本浩章です。


「時間がない」を口癖にする人は多いように感じます。

何をするにも、「時間がない、時間がない」、だからできないと。

「できない理由は、時間がないから」が彼らの言い分です。


しかし、私は、それは違うと思っています。

もし、「時間がない」を理由に何かを行っていなかったり、できないのであれば、それは時間がないのが理由ではなく、単に「やりたくないから」だけなのです。

人は、自発的に心からやりたいと思えることが見つかると、居ても立っても居られず、邁進するものです。

どんなに仕事が忙しかったり、どんなに多くの用事にスケジュールを取られたりしていても、本当にやりたいことがあれば、何としてでもそのやりたいことをやる時間をクリエイティブに捻出し、やりたいことをやろうとします。

「真のWant-toマインド(やりたい精神)」というのは、それだけのクリエイティビティと行動力を生み出すのです。


「時間がなくてできない」はあり得ないのです。単にやりたくないだけです。



私は今37才(1981年1月生まれ)ですが、私の世代というのは、クルマに大変な憧れがあります。

私の世代全員がクルマに興味があるとまではいかないのですが、この世代の人たちのほとんどは、乗り物が大好きだと思います。


私が高校時代のとき、周りの友人たちは口をそろえて、「クルマに乗りたい」、「あのクルマが欲しい」、「一刻も早く免許を取りたい」と言っていました。

女性たちも、助手席に乗ってデートをしたいとか、彼氏がクルマに乗っていることに憧れを抱く人が多かったように感じます。

それだけみんなクルマ好きの世代です。


私自身も、クルマやバイクが大好きで、大学は一年浪人して入ったのですが、駿台(すんだい)予備校に通いながら免許を取ったぐらいですし、のちにバイク免許も大型まで取りました。

理由は単純です。

クルマやバイクに乗りたいから。かっこいいから。楽しいから。彼女とドライブしたいから。

もうそのためには、膨大な時間とお金を費やしたと思います。クルマに興味のない人たちから見たら、無駄遣い以外のなにものでもないと思いますが、趣味とはそんなものです。


人は、本当に大好きなことややりたいことがあれば、何としてでもやろうとします。



今の若い世代の人たちは、免許を持っていない人が結構います。

理由を聞くと、大体返ってくる答えが、「別にクルマいらなくないですか」、「東京に住んでる分には必要なくないですか」、「お金かかりますから」、「電車とかバスとかあるし」などと言います。

一見、資本主義社会を生き抜くうえで、合理的な考え方のようにも見えます。

彼らがそのように思うのであれば、それでいいと思います。(僕なんかは、クルマがないと不便すぎて困るという感覚ですが)


ただ、彼らは合理性を重視して、そう言っているのでしょうか。

そういう人もいるかもしれませんが、多分、多くの若者は、大してクルマやバイクに興味がないだけなのではないでしょうか。

本当にそれらに興味があれば、何としてでもお金と時間を捻出して、それらに乗ろうとするはずです。

それが、「真のWant-toマインド」というものです。



真のWant-toマインドを前にして、経済的合理性というのは、あまりありません。

合理性よりも、やりたい精神の方が、心の中で上位に食い込むのです。


ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学のダニエル・カーネマンの「限定合理性」という概念が見え隠れします。

面白いのは、カーネマンは経済学の授業を一度も受けたことがないと自著で述べています。にもかかわらず、ノーベル経済学賞受賞です。

なんとも不思議な感じがしますが、行動経済学は心理学や科学の範疇であって、経済学ではないところは、誤解が生じやすい部分です。

実際に、カーネマンに国家やミクロサイズでの経済について問えば、「僕は経済学は分からない」などと答えるでしょう。


ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る

ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る


ダニエル・カーネマン

ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman、1934年3月5日 - )は、経済学と認知科学を統合した行動ファイナンス理論及びプロスペクト理論で有名なアメリカ合衆国(ユダヤ人)の心理学者、行動経済学者。

出典: ウィキペディア



カーネマンの話はさておき、人は本当にやりたいことがあると、何としてでもやろうとクリエイティブになります。

認知科学者の苫米地英人博士も書籍「言葉があなたの人生を決める」の中でこう述べています。


(以下、引用開始)

人間というものは、自分に本当にやりたいことがあると、たとえそれがどんなに途方もないことであっても、また客観的に見てできない理由が山のようにあることであっても、やり遂げてしまうものです。

あなたが本当に達成したいと望むことは、誰が何と言おうと、どのような障害があろうと、いつの間にかごく自然に達成してしまうものなのです。

(引用終了)


苫米地英人 著 「言葉があなたの人生を決める」

苫米地英人 著 「言葉があなたの人生を決める」


だから、時間がなくてやりたいことができないというのはあまりなくて、お金がないからできないというのもあまりなくて、ほとんどの場合、やらなかったり出来なかったりの理由とは単純に、真にやりたくないだけ、もしくは、欲しいが足りないだけなのです。

本当のゴールさえ見つかれば、人は誰でも邁進します。



先日、とある資産家の方と会食をしていて、その方がこうおっしゃっていました。

「今の若い人たちは合理性ばかりを考えて、無駄遣いをしない。無駄遣いをしないから視野も狭まるし、人生の幅も減ってしまう。もっともっと無駄遣いをして人生の幅を広げないと、面白くもなんともないと思う。僕なんか、無駄遣いばっかりしているよ」、と。


私もお話を伺っていて、本当にその通りだな~と思いました。

無駄遣いは一見、すべてが無駄なようでいて、そんなことはないのです。

それが人生に大いなる厚みと楽しみと、そして知識や経験を与えてくれるし、それが後になって、非常に役立つもの、人生を豊かにするものへと変貌する可能性を秘めているのです。

このことは、お金を色々なものにたくさんつぎ込んで、そして、そんな人生を満喫し、人生を積み重ねてきた人たちほど、納得されるものではないかと思うのです。

私自身も、ごく限られた37年間という浅はかで短い人生経験の中で、それを感じます。


もちろん、赤字はよくないです。

どんどん負債が膨れ上がり、その一方で趣味ばかりに没頭するのは問題です。ファイナンスのゴール設定をきちんと考え直さなければなりません。

しかし、黒字で、きちんとお金がまわっているのであれば、その中で世間一般に言われる「無駄遣い」というものをやって、資本主義経済をまわし、多くの人々や彼らの生活を豊かにするというのは、何の問題もないことです。

その意味で、お金はどんどん使うべきです。

そして、人生経験や学び、人としての厚みや豊かさなるものを積み上げていくのが、人生の醍醐味と言えるのではないでしょうか。

2018年06月29日