邪気の捨て場所


邪気の捨て場所

苫米地式コーチング認定コーチの杉本浩章です。


苫米地式コーチングは、「非言語による内部表現の書き換え」を大変重要視するため、情報空間に対する理解は必須のものとなります。

情報空間(超情報場仮設)の理解が不十分だと、その概念に対する臨場感が十分に上がらず、確信が持てず、内部表現の書き換えが満足に行えないからです。


理解をより深めるために、気功の訓練は非常に有用なものとなります。

気功とは、苫米地理論では、「共感覚による内部表現の書き換え」と考えます。

共感覚とは、音情報を光情報として認識(この音はこんな色や模様と感じる)したり、この色はこんな味というふうに、五感情報が異なる感覚器で受け取っているように感じる認知現象のことをいいます。

このような感覚をもつ者を「共感覚者」といい、先天的にそれができる人と、後天的な訓練によってできる人がいます。

私自身は、先天的な光共感覚者で、音が色と肌触りで見えるタイプです。


気功を「共感覚による内部表現書き換え」というのは、気功とは情報操作のことを指し、気という情報をイメージだったり、感触だったりに変換して、情報伝達を試みるからです。



さて、相手によろしくないネガティブな情報があったとき、それを「抜き取って飛ばす」というやり方があります。

実は私たちは誰もが、子供のころ、それを聞いたり、やってみたりしています。


「痛いの痛いの飛んでけ~」

子供がけがをして、お母さんがよくやっていませんか。これ、立派な気功技術のひとつなんです。

一見、単なるおまじない、気休めのように考える方もいるかもしれませんが、そうではありません。

「情報空間を共感覚によって書き換えている」のです。


このおまじないチックなやり方、私たちはいつから覚えて知ったのでしょうね。親や周りの人から自然に覚えるのでしょうが、いつの時代から伝わったのでしょう。

情報空間のカラクリや認知現象をつきつめると、非常に理にかなったやり方ですが、おそらく、お母さんの愛情そのものから開発されたものだろうと、私は勝手に推測します。

ですが、本当に素晴らしい発想です。親が子を思いやる姿勢、愛情、本当に素敵だと思います。



ところで、「痛いの痛いの飛んでけ~」ですが、皆さんは、どこに飛ばすかをきちんと考えたことはあるでしょうか。

そこらに飛ばしたら絶対にダメなのです。

そこらに飛ばして、その情報が誰かに当たってしまうと、当たった人はその邪気をもろに食らってしまうことになります。偶然当たってしまった人は、迷惑以外の何物でもありません。

見かけ上われわれの住む情報空間は4次元座標ですが(潜在的にはもっとたくさんの次元数があると物理学の超ひも理論などでは考えられています)、空間3次元座標と時間座標、その観点で考えると、邪気が人に当たるというのはごく自然に理解できると思います。


邪気を飛ばすときは、飛ばす先をしっかりと考えましょう。誰かに迷惑がかからないようにしなければなりません。

放射性廃棄物なんかは、地中深くに封印して、厳重に管理しているようですが、気の場合は、宇宙の彼方に簡単に飛ばすこともできます。

2017年09月12日