気功は発想次第


気功は発想次第

【コーチングとヒーリングの融合】杉本ワークスの杉本浩章です。


気功技術は、数千数万通りもあると言われます。

それらをすべて会得することは、一生かかっても難しいでしょう。

どうしてそんなにもたくさんの技術があるのかというと、流派と言われればその通りかもしれませんが、考え方や発想、そしてヒーラーとしてのゴールが多様だからに他なりません。

同じ病であっても、とらえ方やアプローチによって、施術法は異なりますし、それも人さまざまです。

ヒーラーも人間で、誰しもスコトーマ(心理的盲点)がありますから、ヒーラーにとってのゴールも千差万別です。

気功技術が無数にあるのは、私たちが人間である以上、当然の帰結です。



気功技術の多さに溺れそうになったときは、今一度、自身のゴールに立ち返ってみる必要があります。

方法論に興味があって、単に趣味で気功技術を集めているのであれば、まったくそれで構いませんが、通常ヒーラーの役割は相手を健康に導くことです。

そこに、数千数万通りある技術のすべてを駆使する必要はありません。

そんなことをするくらいならば、自分が持ち得る気功技術を愚直に磨き続け、確信を強めていき、よりヒーラーとしてのゴール達成を目指す方が、はるかに相手のためにもなります。

技術に溺れる必要など全くないということです。



とはいうものの、あらゆる技術に長け、万全を期したいという気持ちは分かります。

技術の多さは、多様で厄介な病に対して、確かに武器になり得るでしょう。


技術のひとつひとつを暗記していくとらえ方では限界があります。

そういうとらえ方はよくありません。

未知の事象に出くわしたとき、解決方法が導けないからです。


この場合、「気功技術は発想次第」という感覚は非常に大切です。

例えば、経穴を刺激したいとき、普通は指先などで押す指圧か、鍼(ハリ)を使うかと考えるでしょう。

ここで発想を転換し、気で鍼をつくり、「気鍼で刺激する」と考えれば、情報空間に対する働きかけという意味では原理上、何の問題もありません。

事実、気で、気の鍼で、経穴は刺激可能です。



もう一つ例を挙げれば、肝臓に良い刺激を与え、ストレスを軽減し、元気にしたいとします。

最もシンプルな気功は、肝臓に直接、手の労宮(ろうきゅう)から気を出して元気を与えればいいでしょう。たっぷりと肝臓に心を込めて気を大量に流します。

情報空間上の働きかけは、「臨場感」さえあれば、書き換え可能です。


発想を変えて、想像上の世界で、臨場感をしっかりと保ちながら、肝臓を相手の肉体から取り出し、自分の目の前におき、そして、よくもみほぐしてあげます。

気を向けるということは、気を与えること、気を流すことと同義です。


両者の方法論は、技術としての発想は異なりますが、情報空間上の臨場感の生成という意味では、違いはありません。

要は、「気功技術は、臨場感さえ保てれば、発想次第」ということです。



こういった感覚であらゆる技術を磨いていけば、技術の多さに溺れるということはなくなると思います。

頭を柔軟にして、臨機応変に技術を編み出していけるようになれば、しめたものです。

それにはやはり、多くの経験や訓練も必要です。

コーチやヒーラーとしての「現状の外側のゴール」をきちんと設定し、ゴールを達成していく過程を、ぜひ楽しんでいって頂きたいと思います。

そうしていつのまにか、ゴールが勝手に向こう側から近づいてくるのです。


今日もブログを最後までお読み頂き、ありがとうございます。

2017年09月18日